東京高等裁判所 昭和56年(ネ)3143号 判決
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
理由
一 被控訴人長井に対する請求について
1 商法二六六条ノ三第一項前段及び民法七〇九条による賠償責任について
(一) ≪証拠≫並びに弁論の全趣旨によれば、訴外会社が昭和五一年一一月四日から同五二年二月一九日までの間、控訴人に対し原判決別紙目録記載の約束手形一九通(本件手形)につき同目録記載のとおり振出又は裏書して割引を依頼し、控訴人はこれらを合計六、一九九万五、二〇〇円で割引いたこと、ところが、訴外会社は昭和五二年三月五日支払手形一億〇、六九七万九、七六八円を不渡りとして倒産し、本件手形上の訴外会社以外の振出人、裏書人もすべて連鎖倒産し、そのため控訴人が所持する本件手形の支払を得られなくなり、右割引交付金(手形金額から割引料を差引いた金額)合計六、一九九万五、二〇〇円の損害を蒙つたこと、被控訴人長井が昭和五一年三月一八日から同五二年二月二五日までの間訴外会社の取締役の地位にあつたことが認められる(以上のうち、訴外会社が昭和五二年三月五日に手形の不渡りを出したこと、被控訴人長井が昭和五一年三月一八日から同五二年二月まで訴外会社の取締役の地位にあつたことは控訴人と被控訴人長井との間に争いがない。)。
(二) 控訴人は、訴外会社が控訴人に対し、本件手形が融通手形であるのに商業手形であるように装つて手形割引を依頼し、その旨誤信させて手形割引をさせたが、被控訴人長井はこれを阻止せず、又はこれを容認したから、被控訴人長井の右行為は商法二六六条ノ三第一項前段の取締役が職務を行うにつき悪意又は重大な過失がある場合に当り若しくは不法行為に当る旨主張するので、以下この点を審案する。
訴外会社が鉄骨構造物の設計製作を目的とする株式会社であり、昭和一九年設立され、昭和五一年三月資本金を三億円に増資されたことは当事者間に争いがなく、被控訴人長井が昭和五一年三月訴外会社に派遣されたものであり、当時訴外会社の利益率が低下し、資金繰りに苦しみ経営状態が悪化していたことは控訴人と被控訴人長井との間に争いがなく、訴外会社が工事受注量の大部分を大成建設に依存していたことは控訴人と被控訴人永田及び同星との間で争いがなく、訴外会社が昭和四六年以降は年間売上高四〇億円に近い実績を有し、昭和五一年三月には大成建設から一億円、大倉商事から六、〇〇〇万円の資本参加を得て資本金三億円に増資されるなどしたが、昭和四六、七年以降受注価格の低迷、材料費・労務費の高騰により利益率が低下したうえ、昭和四九年暮からの経済界全般の設備投資の抑制により、資金事情が極度に逼迫して経営危機の状態に陥つたこと、被控訴人永田が昭和四三年訴外会社の取締役に就任し、同五一年一〇月三〇日訴外会社を退任し、同日監査役に就任したことは控訴人と被控訴人永田との間に争いがなく、被控訴人星が昭和五一年一〇月三〇日訴外会社の取締役を退任したことは控訴人と被控訴人星との間に争いがない。
右の事実に≪証拠≫並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 訴外会社は鉄骨構造物の設計製作を目的とする株式会社であつて、昭和一九年八月三〇日設立され、本店を東京都江東区に置き、訴外真鍋勝雄がその代表取締役に就任した。訴外会社は設立以来その工事量の約七、八〇パーセントを大成建設から受注し、工事材料の大部分を大倉商事から仕入れ、主として両社に依存する業務を続けてきたが、昭和四一年五月には東京本社及び工場を売却して本店を千葉市に移転し、従来分散していた従業員、機械設備を集結するなどし、更に昭和四四年八月には資本金を一億円に増資し、同時に従前の同族会社的性格を脱皮するなどして急速に業務を伸ばし成長を続けてきた。そして、昭和四六年には経済界の高度成長に伴い年間売上高四〇億円に近い実績を挙げたが、同年後半ころから受注工事高は増加したものの、受注価格の低迷、材料費、労務費の高騰などのあおりを受けて利益率が低下し遂に赤字経営に転落し、とくに昭和四九年暮ころからの経済界全般の設備投資の抑制の影響を受け、昭和五〇年以降は受注工事高も減少し、資金事情が逼迫し金繰りに苦しむ状態に陥つた。このような状況のもとにあつて、訴外会社は昭和四六年ころから運転資金の一部の調達を融通手形の交換に依存し、訴外旭東アルミニウム工業株式会社ほか数社との間でこれを行つてきたが、交換額が次第に増加し、昭和四九年ころ以降はその額も恒常的に約四億円にのぼつたものの、その都度大成建設から工事前渡金の支払を受けたり、新に融通手形を振出すなどして決済資金を調達することによつて会社の運営を続けていた。訴外会社としては、そのままの状態では将来性が危惧されるので、経営改善をはかるため、大成建設及び大倉商事に資金援助を要請した結果、昭和五一年三月には大成建設から一億円、大倉商事から六、〇〇〇万円の資本参加を得て、資本金を三億円に増資した。そして、訴外会社は当時大成建設からの指示により代表取締役を真鍋勝雄からその子の真鍋哲男に交替させ、また訴外会社は大成建設及び大倉商事に対し、訴外会社の経営改善、再建のための協力、援助を期待し、その指導に当る役員の派遣を要請したところ、大成建設と大倉商事とで協議のうえ、これを受け入れ大倉商事の社員であつた被控訴人長井を訴外会社に派遣役員として出向させることになり、被控訴人長井は昭和五一年三月一八日訴外会社の取締役(専務取締役と称したが代表権はない)に就任した。被控訴人長井は取締役に就任してから同年八月ころまでの間訴外会社の経営内容を調査し、同年八月二〇日ころ大成建設に対しその結果報告を提出するとともに、右経営改善のため必要なものとして七億円の融資を要請した。大成建設はその当否を検討するため、同年九月同社経理担当者数名をして訴外会社の経営内容の調査をさせたところ、累積赤字約二七億円が存在することが判明したものの、更に訴外会社の経営改善、再建につき協力・援助する方針を定め、その方策として、訴外会社の当時の取締役たる被控訴人永田、同星及び訴外永井康を退任させることを求めるとともに、同年一一月実行の予定で七億円の融資をすることを決め、訴外会社にその旨を指示した。右の指示により、被控訴人永田同星及び訴外永井康は同年一〇月三〇日限りで訴外会社の取締役を退任し、被控訴人永田は同日訴外会社の監査役に就任し、訴外永井康は翌三一日訴外会社の役員席付部長なる役職に就いた。その結果、訴外会社の役員は、代表取締役真鍋哲男、専務取締役被控訴人長井、取締役真鍋浩、監査役真鍋勝雄、同被控訴人永田という役員構成となつた。大成建設は同年一一月中訴外会社に対し右七億円の融資を実行した。大成建設はまた訴外会社の経営改善の協力、援助を実効あらせるため、同年一〇月二五日ころ被控訴人長井に対し、訴外会社の代表印を保管することを指示したので、被控訴人長井はそのころ訴外会社の代表取締役真鍋哲男の了承を得たうえ、訴外会社の代表印を鍵付の木箱に納めて自らその保管に当るに至つた。
(2) ところで、訴外会社は、前示のように、昭和四六年ころから運転資金の一部の調達を融通手形振出に依存し、訴外旭東アルミニウム工業株式会社ほか数社との間でこれを行い、その額面残高(交換額)は昭和四九年ころ以降恒常的に約四億円にのぼるに至つたのであるが、昭和五一年三月大成建設及び大倉商事から資本参加を得たうえ取締役として被控訴人長井の派遣を受け入れるに際し、大成建設からの強い要望もあり、同社に対し融通手形振出による資金調達はしない旨を誓約し、また被控訴人長井からも融通手形の振出をしないよう厳重に警告されていたものの、訴外会社の代表取締役真鍋哲男及び取締役経理部長(当時)永井康の両名は秘かに協議のうえ、従前の融通手形の決済及びその他の会社の運営資金調達に不可欠であるため昭和五一年三月以降にも引続き融通手形を振出すこととし、以来、被控訴人長井には内密に融通手形を振出し資金の調達を行うとともに、被控訴人長井に対し会計帳簿の操作及び隠匿をして右融通手形振出の事実を容易には発見できないようにし、また同年一〇月二五日ころ以降は被控訴人長井の隙を見てその保管の代表印を取出して使用し融通手形を振出したが、被控訴人長井に対しては、訴外会社の融通手形は昭和五一年三月以降は振出していない旨を告げたので、被控訴人長井はこれを信じていた。
(3) 真鍋哲男及び永井康は昭和五一年初めころ控訴人に対し、訴外会社振出又は裏書の融通手形を商業手形であるかのように装つて手形割引を依頼し、割引交付金を得たが、同様にして前示のように、昭和五一年一一月四日から同五二年二月一九日までの間控訴人に対し、本件手形につき振出又は裏書をして割引を依頼し、控訴人はこれらを合計六、一九九万五、二〇〇円で割引いた。
(4) 大成建設は昭和五二年一月二七日ころ訴外会社の経営内容につき定例の調査を行つたが、その時訴外会社振出にかかる手形の控の帳簿記載につき不備の点があつたので、訴外会社にこれを指摘して釈明を求めたところ、真鍋哲男及び永井康は、早暁右融通手形振出の事実が発覚するに至るものと予想し、同年同月二八日ころ大成建設に対し本件1ないし13の手形を含む前示融通手形振出の事実を報告するに至つた。被控訴人長井は同年二月三日ころ大成建設を通して右報告内容を知つたが、この事実発覚に対する大成建設及び大倉商事の対応ないし指示を待ち、また大成建設で直ちには援助を打切る手段に出ることはあるまいと考えるとともに、引続き援助を要請し右代表印については、同日以降も同月二五日ころまで前同様の方法で保管していた。しかるに、真鍋哲男及び永井康は、更に訴外会社の資金調達の必要に迫られ、同年二月五日から同年同月一九日までの間、被控訴人長井には内密に、前同様の方法で代表印を使用し、本件手形14ないし19を前同様に控訴人に割引を依頼し、その割引交付金を得た。しかるところ、大成建設は同年二月一〇日ころ訴外会社に対する発注、前渡金交付の一部を停止する措置を取り、次いで同年同月二六日ころこれを全面的に停止し、また大倉商事は同年同月二〇日ころ訴外会社に対する工事材料の納入を停止する措置に出たことから、訴外会社は前示のように同年三月五日に至り支払手形を不渡りとし倒産した。
以上の事実が認められる。
≪証拠≫のうち右認定に反し、被控訴人長井は昭和五二年一月二八日本件1ないし13の手形を含む融通手形の振出の事実を知るに至つたとの部分は、≪証拠≫と対比したやすく措信できない。
≪証拠≫並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人長井は訴外会社の取締役に就任後、大成建設及び大倉商事の意を受け、訴外会社代表取締役真鍋哲男らに対し、融通手形を振出さないよう厳重に警告していたこと、被控訴人星は昭和五一年八月ころ被控訴人長井に対し、訴外会社は被控訴人長井に内密に融通手形を振出して資金調達をしている旨告げたことが認められるが、原審における被控訴人長井本人尋問の結果によれば、被控訴人長井は被控訴人星から右のように告げられたので、自ら調査をしてみたが、その事実を確認できず、しかも前示のように、大成建設が同年九月に訴外会社の経営内容の調査をした際にも訴外会社において帳簿の一部を隠匿したため、融通手形振出の事実を発見するに至らなかつたことから、被控訴人長井も遂に被控訴人星の右報告を信じるに至らなかつたことが認められるから、被控訴人星が前示のような報告をしたことをもつて、被控訴人長井が昭和五一年八月ころ既に、訴外会社が融通手形を振出して資金調達を行つている事実を知つていた証左とすることはできない。
他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、訴外会社代表取締役真鍋哲男は昭和五一年一一月四日から同五二年二月一九日までの間控訴人に対し、融通手形たる本件手形を振出し又は裏書をし、これらを商業手形であるように装つて割引をさせたのであるが、被控訴人長井はこれを知らなかつたため阻止しなかつたところ、被控訴人長井はあらかじめ真鍋哲男らに対し融通手形の振出を阻止するため代表印を自ら保管していたにもかかわらず、訴外会社の上司で代表取締役たる真鍋哲男らが代表印を盗用し本件手形を振出し又は裏書をしたものであるから、右代表印の保管方法をもつて本件手形振出又は裏書の阻止のため不十分な点はあつたとしても、職務執行が著しく不当であつたとはいえず、取締役としての職務を行うにつき故意又は重大な過失があるとまで断ずることはできない。
また、大成建設及び大倉商事は訴外会社の本件手形の振出又は裏書当時なお訴外会社に対する資金援助協力の方針を維持する態度をとつていたため、訴外会社はその援助を得るなどし、新たな資金調達をして本件手形の不渡を回避することが可能な状況にあつたのであるから、本件手形の不渡を予見し又は予見し得べきであつたということもできない。したがつて、被控訴人長井が本件手形の振出又は裏書を阻止しなかつたことをもつて控訴人主張のような注意義務を怠り違法行為をしたということはできない。
被控訴人長井は、真鍋哲男らが本件14ないし19の手形を振出又は裏書した際既に同人らが代表印を盗用して本件1ないし13の手形を振出又は裏書した事実を知つていたのにかかわらず、代表印の保管方法を変えるなど特段の措置を採らないで、従前の保管方法を継続していたものである。ところで、前示のように訴外会社は大成建設及び大倉商事から資本参加を得た際、大成建設に対し融通手形の振出しによる資金調達をしないよう誓約し、また訴外会社が融通手形を振り出さないように監視することを職務の一つとして訴外会社に派遣役員として出向してきた被控訴人長井はその振出しをしないよう厳重に警告していたのであるが、真鍋哲男らが右誓約及び警告に反し、被控訴人長井に内密で多額多数の融通手形振出の事実が発覚した以上、被控訴人長井に与えられた使命は終つたのであり、これに対する大成建設及び大倉商事の対応ないし指示を受けて行動するほかはなく、もし既に振出した融通手形の書替えのための手形振出しを禁止し代表印の使用を阻止したならば訴外会社が直ちに手形不渡りを出し倒産することは当然に予見されるところであり、そのような事態を招来させることは派遣役員たる被控訴人長井の立場上許されないのは明らかであるから、被控訴人長井において訴外会社の融通手形振出の事実を知り、これに対する大成建設及び大倉商事の対応ないし指示を待ち、代表印の保管方法を変更するなど特段の措置を講せず、そのため訴外会社が再び代表印を内密に使用し、本件14ないし19の手形を振出したとしても、被控訴人長井につき取締役としての職務を行うにつき、故意又は重大な過失があるとまでいうことはできない。また、これをもつて控訴人に対する注意義務を怠つた違法な行為をしたものということもできない。
(三) 控訴人は、被控訴人長井において、訴外会社の大倉商事に対する手形金債務の決済金を得るため、本件14ないし19の手形の振出又は裏書を積極的に容認した旨主張する。
≪証拠≫によれば、大倉商事は昭和五二年二月三日ころ被控訴人長井に対し、大倉商事の訴外会社に対する手形金債権六、〇〇〇万円を決済するよう求めていたこと、訴外会社はそのころこれを決済したことが認められるが、被控訴人長井がそのため真鍋哲男らに対し本件14ないし19の手形の振出又は裏書をさせたことについては、≪証拠≫中これに添う部分は、≪証拠≫と対比して、たやすく措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがつて、控訴人の右主張は採用できない。
2 商法二六六条ノ三第一項後段による賠償責任について
≪証拠≫並びに弁論の全趣旨によれば、訴外会社は昭和五一年八月期損益計算書に、実質損失四億八、五四七万九、〇〇四円であるのに、公表損失二億二、五四七万九、〇〇四円であると虚偽の記載をしたこと(以上の事実は控訴人と被控訴人星との間では争いがなく、右のうち昭和五一年八月期の公表損失が上記のとおりであることは控訴人と被控訴人長井との間では争いがない。)、被控訴人長井は昭和五〇年一〇月ころ右損益計算書の記載を決議した取締役会に参加し、右決議に異議を述べず、右損益計算書に虚偽の記載をしたことが認められる。
そこで、被控訴人長井の右行為と前示控訴人の損害との間に相当因果関係が存するか否かについて検討する。
控訴人は本件手形割引をするに際し、訴外会社の昭和五一年八月期損益計算書記載自体は現認していないが、訴外会社からその取引銀行に右損益計算書が提出され、右取引銀行はこれに基づき控訴人に訴外会社の信用状態につき不安はない旨回答したと主張するが、≪証拠≫によれば、控訴人は昭和五一年初めころから本件手形割引をするまでの間右取引銀行に対し、訴外会社の信用状態につき照会をし、取引銀行はこれに回答したことが認められるが、右取引銀行が右損益計算書に基づいて控訴人に回答したことを認めるに足りる証拠はないから、控訴人の右主張はいまだ採用することはできない。
そうすれば、訴外会社の昭和五一年八月期損益計算書の記載が控訴人の本件手形割引に何らの影響があるはずもなく、被控訴人長井がこれに関与したとはいえ、そのことと控訴人の前示損害との間に相当因果関係があるとはいえないから、控訴人は被控訴人長井に対し、商法二六六条ノ三第一項後段に基づいて本件損害の賠償を求めることはできないといわなければならない。
二 被控訴人永田及び同星に対する請求について
1 商法二六六条ノ三第一項前段による賠償責任について
(一) 訴外会社が昭和五一年一一月四日から同五二年二月一九日までの間、本件手形の振出又は裏書をして控訴人に割引を依頼し、控訴人がこれを合計六、一九九万五、二〇〇円で手形割引をしたこと、訴外会社が昭和五二年三月五日倒産し、そのため控訴人が本件手形の支払を得られなくなり、合計六、一九九万五、二〇〇円の損害を蒙つたことは前示のとおりであり、被控訴人永田が昭和四三年ころ訴外会社の取締役に就任し、同五一年一〇月三〇日退任するとともに、即日監査役に就任したことは控訴人と被控訴人永田との間に争いがなく、被控訴人星が昭和三二年ころ訴外会社の取締役に就任したことは弁論の全趣旨により認められ、同人が昭和五一年一〇月三〇日右取締役を退任したことは控訴人と被控訴人星との間に争いがない。
控訴人は、被控訴人永田及び同星は訴外会社の取締役に在任中の昭和五一年九月開催の資金繰りのための会議に出席して融通手形である本件1及び2の手形の振出を決議し、また同年一〇月開催の同上の会議に出席して、同本件3及び4の手形の振出を決議し、これら手形の振出しに関与した旨主張する。
≪証拠≫のうち、訴外会社は昭和五一年三月以降融通手形の振出については、被控訴人長井を除くその余の取締役に対し、りん議書を回付するなどしてその承認決議を得ていた旨の部分があるが、≪証拠≫中反対趣旨の部分に照らすときは、これをたやすく措信し難い。他に控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
したがつて、控訴人の右主張は採用できない。
(二) 控訴人は、本件手形は、被控訴人永田及び同星の取締役在任中、訴外会社により決済される見込みがないのに、融通手形として振出された従前の手形の書替手形であるところ、被控訴人永田及び同星は右融通手形たる従前の手形の振出につき、その事情を知りながら訴外会社の代表取締役真鍋哲男がこれを振出すのを阻止しなかつたから、その取締役退任以後における本件手形の振出又は裏書についても、商法二六六条ノ三第一項前段により、控訴人の蒙つた損害を賠償すべき責任があると主張する。
株式会社が、将来満期に決済できない危険が大きく、しかもこのことが容易に予見し得るか又はその危険が相当程度存するのに明確な支払見込みがなく、しかもこのことが容易に予見し得るのに、融通手形を振出し又は裏書したときは、その代表取締役及びこれを知りながらその振出又は裏書を阻止し得ることが容易であるのに阻止しなかつた取締役は、その職務執行につき故意又は重大な過失があるということができ、このことは、特段の事情がない限り、右融通手形の書替手形につき第三者が損害を蒙つた場合においても同様であると解するのが相当である。
ところで、本件1ないし13、15ないし19の手形が従前控訴人が割引をした手形を単に書替をしたいわゆる書替手形であることについては、これに添う≪証拠≫以外にこれを認めるに足りる証拠はなく、右≪証拠≫は、≪証拠≫と対比してたやすく措信し難い。
≪証拠≫並びに弁論の全趣旨によれば、訴外会社は昭和五一年七月三日融通手形として、額面一、五〇〇万円、満期同年一一月五日、支払場所株式会社大和銀行千葉支店、振出人訴外会社、受取人有限会社池田工業所なる約束手形を振出し、同年一一月四日これを額面一、五〇〇万円、満期昭和五二年二月五日、支払場所株式会社大和銀行千葉支店、振出人訴外会社、受取人有限会社池田工業所なる約束手形に書替えて振出し、次いで昭和五二年二月五日控訴人に対し六〇〇万円の支払をしたうえ、本件14の手形(額面九〇〇万円、満期昭和五二年五月七日支払場所株式会社大和銀行千葉支店、振出人訴外会社、受取人有限会社池田工業所)に一部書替えて振出したことが認められる。
そうすれば、本件14の手形はもと被控訴人永田及び同星が訴外会社の取締役として在任中の昭和五一年七月三日訴外会社代表取締役真鍋哲男により振出された融通手形の書替手形であるということができる。
そこで進んで、右従前の手形の振出につき、被控訴人永田及び同星においてその取締役の職務執行につき故意又は重大な過失があるか否かを検討する。
訴外会社が昭和四六年後半ころから赤字経営に転落し、昭和五〇年以降は資金繰りに苦しむ状態に陥り、融通手形の交換額が恒常的に約四億円にのぼつていたことは前示のとおりであるが、他方、訴外会社は右融通手形の決済についてはその都度、大成建設から工事前渡金の支払を受けたり、新たに融通手形を振出すなどして決済資金を調達していたこと、訴外会社は昭和五一年三月大成建設から一億円、大倉商事から六、〇〇〇万円の資本参加を得、訴外会社は以来、大成建設及び大倉商事から経営改善、再建のため協力、援助を期待し得る状況にあつたこと、そして訴外会社は昭和五一年一一月中大成建設から七億円の資金融資を得ることができたこともまた前示のとおりである。そうすれば、訴外会社は昭和五一年七月三日控訴人に対し本件14の手形の従前の手形を融通手形として振出し割引を得た際、将来満期に決済できない危険が大きく、しかもそのことが容易に予見しえたものといえないのはもとより、その危険が相当程度存するとか、明確な支払見込みのないことが容易に予見し得たものということはできず、かえつて訴外会社は右手形の決済については依然従前のような方法で資金調達をしたり、大成建設から融資を受けるなどして決済し得る見込みがあつたものということができる。してみれば、被控訴人永田及び同星がこれを阻止しなかつたことをもつて、取締役としての職務執行につき故意又は重大な過失があるということはできない。
(三) 控訴人は、本件手形は被控訴人永田の監査役在任中、訴外会社により決済の見込がないのに融通手形として振出又は裏書されたところ、被控訴人永田はこれを阻止しなかつたから、商法二六六条ノ三第一項前段により、控訴人に対し蒙つた損害を賠償すべき責任がある旨主張する。
訴外会社は昭和四六年後半以降赤字経営に転落し、昭和五〇年以降資金繰りに苦しむ状態に陥り、融通手形残高は恒常的に約四億円にのぼつていたことのほか、訴外会社は昭和五二年一月二八日ころ大成建設に対しそれまで内密にしていた本件1ないし13の手形を含む融通手形振出の事実を報告したことは前示のとおりであるが、他方訴外会社は融通手形の決済についてはその都度、大成建設から工事前渡金の支払を受けたり、新に融通手形を振出すなどして決済資金を調達していたこと、訴外会社は昭和五一年三月大成建設から一億円、大倉商事から六、〇〇〇万円の各資本参加を得、訴外会社は以来、大成建設及び大倉商事から経営改善、再建のため協力、援助を期待し得る状況にあり、更に同年一一月には大成建設から七億円の融資の実行を得たこと、大成建設及び大倉商事は右報告がなされたものの直ちには右協力、援助の方針を打切らなかつたこともまた前示のとおりである。そうすれば、訴外会社は控訴人に対し本件手形の振出又は裏書をしてその割引を得た際、将来満期に決済できない危険が大きく、しかもそのことが容易に予見しえたとか、その危険が相当程度存するとか、明確な支払見込みのないことが容易に予見し得たものとはいうことができず、かえつて訴外会社は本件手形の決済については従前のような方法で資金調達をしたり、また大成建設から引続き融資を受けるなどして決済し得る見込みがあつたものということができる。してみれば、被控訴人永田がこれを阻止しなかつたとしても、監査役として職務執行につき故意又は重大な過失があるということはできない。
2 商法二六六条ノ三第一項後段による賠償責任について
≪証拠≫によれば、訴外会社は、(1)昭和四九年八月期損益計算書に、実質損失五億四、七七六万一、四八二円であるのに、公表利益四二八万〇、三六七円であると虚偽の記載をし、(2)昭和五〇年八月期損益計算書に、実質損失一億一、二五三万七、八五七円であるのに、公表利益五二五万三、一五八円であると虚偽の記載をしたことが認められ、訴外会社が(3)昭和五一年八月期損益計算書に、実質損失四億八、五四七万九、〇〇四円であるのに、公表損失二億二、五四七万九、〇〇四円であると虚偽の記載をしたことは前示のとおりである(以上のうち、各年度の損益計算書に上記の記載がされていることは、控訴人と被控訴人星との間には争いがない。)。
≪証拠≫並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人永田及び同星は前記損益計算書の記載を決議した取締役会に参加し、右決議に異議を述べず、右損益計算書に虚偽の記載をすることを容認したことが認められる。≪証拠≫中右認定に反する部分は前掲証拠に照らして措信することができない。
そして、訴外会社が昭和五一年一一月四日から同五二年二月一九日までの間、本件手形を振出又は裏書をし、控訴人に割引を依頼し、控訴人がこれら合計六、一九九万五、二〇〇円で割引いたこと、訴外会社が昭和五二年三月五日倒産し、このため、控訴人が本件手形につき支払を得られなくなり、右割引交付金六、一九九万五、二〇〇円の損害を蒙つたことは前示のとおりである。
そこで、右損益計算書の虚偽記載の事実と控訴人の右損害との間に相当因果関係が存するか否かについて検討する。
訴外会社の昭和五一年八月期損益計算書の虚偽記載と控訴人の損害との間に相当因果関係があるということはできないことは前示のとおりである。
次に、訴外会社の右昭和四九年八月期及び同五〇年八月期の各損益計算書の虚偽記載と控訴人の損害との関係について検討する。
控訴人は昭和五一年初めころ訴外会社の取締役(当時)真鍋哲男及び同永井康から、訴外会社振出又は裏書の融通手形を商業手形であるかのように告げられて割引を依頼され、そのころから取引を継続していたことは前示のとおりであり、これに≪証拠≫によれば、訴外平岩国蔵は控訴人のいわゆるオーナー(実質的経営者)であるが、昭和五一年初めころに初めて訴外会社の取締役(当時)真鍋哲男及び同永井康から訴外会社振出又は裏書の手形の割引を依頼された際、右両名から訴外会社の昭和四九年八月期損益計算書を見せられ、更に同人らから右手形が商業手形であること及び訴外会社には大成建設と大倉商事が資本参加し、両社から資金援助を受けられるので、手形決済については不安はない旨を告げられたが、なお、取引銀行及び訴外株式会社帝国興信所に依頼して訴外会社の経営内容を調査したところ同旨の回答を得、また真鍋哲男、永井康のほか真鍋勝雄(真鍋哲男の父)の保証を得たこと、そこで平岩国蔵は右割引手形の決済については不渡りの危険はないものと判断し、控訴人をして右手形割引取引を始めさせるに至つたこと、控訴人はそれ以後訴外会社との間で取引を継続したが、平岩国蔵はその間昭和五一年四月ころ右取引高が増加したことを考慮し、真鍋哲男及び永井康から訴外会社の昭和五〇年八月期損益計算書の提示を受けて調査し、右判断を確認維持し、控訴人をして取引を継続させたうえ、昭和五一年一一月四日から同五二年二月一九日までの間に本件手形を割引かせたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、控訴人は本件手形の割引をするに際し、訴外会社の昭和四九年八月期及び同五〇年八月期の各損益計算書の記載あるが故にこれをしたというよりは、むしろ大成建設及び大倉商事が訴外会社に資金援助している事情があり、そのため訴外会社の経営内容にかんがみ手形不渡りの危険はないものと判断し本件手形の割引をするに至つたと見るのが相当である。してみると、訴外会社の昭和四九年八月期及び同五〇年八月期の各損益計算書の虚偽記載と控訴人の本件損害との間には相当因果関係があるということはできない。
そうすれば、控訴人は被控訴人永田及び同星に対し、商法二六六条ノ三第一項後段に基づいて本件損害の賠償を求めることはできないといわなければならない。
三 以上の次第であるから、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求はいずれも理由がないものというべきである。
よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却する
(裁判長裁判官 岡垣學 裁判官 磯部喬 川崎和夫)